IE9ピン留め

ご無沙汰しすぎて、今年が終わる。

大変、ご無沙汰しておりました。ブログは何か月ぶりかしら?
夏と秋をすっとばして、冬になってしまいました。

何しろ、PCの調子が悪くってね、10月末にPC買い換えたんですけども、
データの引っ越しだなんだって、イロイロ面倒でね、
ようやく慣れたと思ったら、毎日のように子どもと寝オチしてたしね、
寒くて布団から出られないしね、そんなこんなしてましたら、
今年がもうすぐ終わる、という。

日記読み返してみたら、今年は本っ当に書いてない!(笑)
読み返してみたら、あれもこれも、書いてない!

来年は、「もっとブログ書く!」を目標にしよう。うん。

ちょいちょい、つぶやいたりはしてるものの、
ケースケなんてあっという間に1歳半になっちゃって、
ものすごくやんちゃで、魔の2歳児になる前に、悪~い顔していたずらしまくりだし
ソータも、相変わらず、イロイロ面白いし、
私、この前ソータのクラスで「ゲストティーチャー」つって、
子どもたちの前で授業したんですのよ。

学校で、20周年のお祝いイベント(バザーだけどバザーじゃない)があって、
フェアトレードのお店をやったりしたのも楽しかったし、

そういえば、夏休みも楽しかったし(←さかのぼりすぎw)

震災関連で、たくさんのことを考えさせられたりもしたし
私の、2011年の漢字は「考」だなー。(←一言で片づけすぎ^^;)

んー!でも、一言で片づけないで、ちゃんと書きます!来年に!(来年かい)

明後日には、帰省いたします。
明日は1日大掃除。年賀状も印刷しなくては。
住所録は手作業で再入力なので、プチ鬱ですが、
ちゃんとご挨拶だけはしとかなくては、と、久しぶりにブログを開いたりしています。

特に内容のない日記になってしまいましたが、今年もお世話になりました。
みなさま、よいお年を。

来年もよろしくお願いいたします。

ではでは。

# by sacci38 | 2011-12-22 02:59 | 思うこと | Comments(0)

星守る犬~のりぞうが天然で残念な件。

今日、テレビを見てたら、玉山鉄二さんが出て公開中の映画星守る犬
宣伝をしてました。

ポスターやHPに載ってる、ひまわり畑は撮影の為に、110万本植えてもらったらしい。
110万本のひまわりって、素敵ー。こんな、ひまわり畑で佇みたーい。
「北海道の名寄(なよろ)町ってとこで撮影したんですけど」と、玉鉄が言って、

「名寄町」ってキーワードで、書くのをすっかり忘れてた日記があった事を思い出したのよ。
そう・・・。あれは、今年の初めの事じゃった・・・。(遠い目)

実は、この作品、のりぞうが照明助手やってましてね。
去年の夏いっぱい、北海道から東北をくだりながら撮影するロードムービーで、
冬編もあったので、冬になって、また撮影したりして、
結構長いこと携わっておったのですわ。(その間、もちろん母子家庭)

すべての撮影が終わって、名寄町での打ち上げでもらったとかいって、
いろんなものを持って帰ってきたのですが、さすが北海道!的な食べ物がいっぱいあって、
中に、大きなじゃがいもがゴロゴロ。わーい\(^o^)/

嬉しくって、肉じゃがにしよう~♪と、皮むきしたら、
うちにあった、じゃがいもとは、もう色も全然違うわけ。

「すごい立派なじゃがいもだねぇ~、おいしそう~☆」と言ったら

「名寄のじゃがいもって、カルビーのポテトチップスとかに使われてるらしいよ」
と、自慢げなのりぞう。

さ 「へー。そうなんだー。品種はなんやろ?北あかりとか?」

の「いや、ちがうね」(キリっ)

さ「メークイーン?」←とりあえず、超メジャーな品種を言ってみる

の「ちがうね。名寄のじゃがいもは、そういうのじゃないんだよ」←やたら自慢げ

さ「じゃあ、何?」

の「えーっとねぇ、箱に書いてあったんだよね・・・思い出した!

名寄のバレイショ!」←「レ」にアクセント。そして、あくまでも自慢げ

さ「・・・。」2秒沈黙。

バレイショって、馬鈴薯って・・・・

じゃがいも全般やないかーーーい!

さ「マジで?ねぇ、今の本気なん!?馬鈴薯って、じゃがいもの品種じゃなくて
じゃがいも全般の事なんやけど。え!?マジで?」

・・・マジでした^^;

すっっごい面白かったんだけど、ウケを狙ったわけじゃないところが痛い。
(ちなみに、のりぞうがウケを狙ったときは、残念ながら寒いことが多い。)

さっき、仕事から帰ってきたのりぞうと、お茶をしながら、
「今日、玉鉄がテレビに出ててさ・・・あんたがじゃがいも持って帰ってきた時にさ・・・」
と、馬鈴薯事件(事件か?)の事を話しつつ、映画の事を聞いてるのですが、
話しながらのりぞうの無知っぷりをココで暴露していることは、秘密です(笑)

北海道から南下しながら、福島などでも撮影してました。
撮影が終了した数ヶ月後、震災があり、西田(敏行)さん、福島出身だしで、
キャストスタッフで「星守る犬義援金」を募って、
監督や、キャストさんで、被災地を訪問したりもしたようです。

のりぞうが関わった映画って、最近全然見に行けてないけど、
これは子どもと一緒に見たいなぁ~と、思ってます。のりぞう曰く

「見る人によって違うと思うけど、俺的には、よくある犬の映画って感じじゃなくて、
作品を通じて、自分の人生と照らし合わせて、ちょっと反省したりする感じ。俺はね」

だそうだ。ほーぉ。

映画を見て、のりぞうが何を反省したのか知りたいので、ますます見たい(笑)
そして、そんな話を聞きながら、まるまるココで暴露してることは、秘密です。えへ。

6月11日から、公開されてます。
興味あったら見てね。そして、スタッフロールで、のりぞうの名前を見つけてあげて、
さらに「バレイショ・・・。ぷぷっ」とか、笑ってあげてくださいm(__)m

# by sacci38 | 2011-06-15 00:14 | Comments(0)

上関 エピソード3 ヤマトのタカシと、おみやげ

真面目な話が続いたので、祝島のおいしいおみやげの話を。

********
祝島を後にする前に友人が、 どーーーしても買いたいものがあるという。
※平さんの棚田に行きたいとか、豚に会いたい私の希望はことごとく却下したYである。

なんでも、以前友達からいただいた「タコの足を干したやつで、炊き込みご飯にすると
ぶち、うまいんよ!」という代物らしい。それは、ぜひとも手にいれたい。

名前がわからないので、道行く人に「タコの足を干したやつで、ご飯と一緒に炊いたら
おいしいアレ」知りませんか?と聞いてまわる。

ヤマトのタカシという人が販売しているらしい。
が、ヤマトのタカシは、今日はゴミをすてに本土へ出ているからいないらしい。
どうやら帰ってくるのは、私たちが出発する頃で入れ違いになるらしい。
が、もしかたら、間に合うかもしれんらしい。

聞いてまわった人、全員が同じことを言った。
「あ~、そりゃヤマトのタカシが売りよるけど、あいつは今日は・・・」と島の人が言う度

「ゴミ捨てに行ってるんでしょ?」と、こちらが先に口走るほど、みんな同じセリフだった(笑)

ネットでも販売している、と聞いたので、若干あきらめかけた私であったが、
その「ぶちうまさ」を知ってるからか、Yはあきらめず
「ここまで来たからには、この島に直接お金を落として帰らんと意味がない!」と、
至極ごもっともなことをおっしゃり、いないとわかっているのに、
ヤマトのタカシを探してまわるハメになり、
もはや、タコが欲しいのか、ヤマトのタカシに会いたいのか、よくわからない感じに。

「もう、ヤマトのタカシに出会った日にゃー、一緒に写真を撮ってもらわんにゃーなるまいよ」
とかいう話になる。

最後の最後に、船着き場にいたエピソード2に登場した、おばあちゃんに
祝島の原発反対運動について教えてもらっていたときに、
「祝島の人達は、本当にすごいね。強いね」と話していたら、おばあちゃんが
「ほんとにね。ほら、そこにおるヤマトさんちゅー人が、反対運動の一番偉い人」と、
建物の外に座っていた、おじさんをさした。

さっち ピクッ ( ̄□ ̄)!!

Y    ピクッ ( ̄□ ̄)!!

「おじさん!!ヤマトのタカシさん!?」


・・・おじさんは、ヤマトのタカシさんの、お父さんであった。

そして、やっぱりヤマトのタカシには会えなさそうであったが、
おじさんが携帯で連絡を取ってくれ、念願の
「タコの足を干したやつでご飯と一緒に炊いたらめっちゃおいしいアレ」
を手にすることができたのであった。ばんざーい!!

ヤマトのタカシさんには会えなかったけど、
巡り会えた感激で、ヤマトのタカシさんのお父さんと一緒に写真を撮りました(笑)
ちなみに「ヤマトさん」は、大和じゃなくて「山戸さん」でした。


山戸のおじさんと、さっち。つーか、写真が大きすぎー。


そんで、これが、「タコの足を干したやつで・・・」のタコ。商品名は「干しタコ」だった。普通だ。


他に、釜揚げひじきに、室津の天ぷらに、びわ茶なんかも、たんまりお買い上げ。

釜揚げひじきなんて、生まれて初めて食べるくらいの、ふわっふわのひじきで、
めっちゃめちゃおいしかったし、天ぷらもぷりっぷりだし、びわ茶も、美味!
干しタコも、その日に炊き込みご飯にして食べたけど、Yが「ぶちうまい」と
絶賛するだけあって、すんごいおいしかった。

祝島は、食もすばらしいー。

*******
こんな感じで、日帰り祝島の旅は終わったのだけど。

原発建設のホットスポットというだけじゃなくて、なんだか私は
この島に住む人達の暮らしに、これからの自分たちの生き方というか、
人の暮らしの在り方みたいなものを学んだような気がしました。

なんていうか・・・うまく言えないけれど
「手つかずの自然」を見たときのような気持ちというか。
経済や技術だけを重視して、手に入れる事や、成長する(上に行こう)生活じゃなくて
現実には、人口のほとんどが70歳以上で、過疎の問題も深刻で
将来(先)がないみたいに言われてるし、時代に逆行してるように見えるけれども、
実はこれが本来の「暮らし」であり、目指すべきところのように思えて。

かといって、ここの人たちと同じような暮らしをするには、
私たちはあまりにも便利やモノにあふれた生活に慣れきってしまって
「できない」とも思ってしまうのだけど^^;矛盾してるけど、でも、
上に行くのではなくて、下に降りる生活(?)っていうのかな、
そういうのを意識した暮らしを、私は私のできる事からやっていきたい、と
そんな風に思えた、旅だった。

おしまい。






# by sacci38 | 2011-05-20 00:23 | おでかけ | Comments(0)

上関 エピソード2 島の人々

船から降りて、祝島に初上陸。なんだけど、
あんまり初めてな感じがしない。

母の生まれた島の景色に、よく似てた。
ノーヘルで二人乗りのカブがブイブイ走ってたりするとことか(笑)

違うところは練塀かな。とっても素敵~。


でもね、もっと素敵だったのは、人!
平均年齢75歳だけあって、おじいちゃんおばあちゃんが圧倒的だったんだけど、
祝島の人達は、みんなあったかくて、やさしくて、人情に溢れてて、
そして、強かった。

友人と子ども達と、さっそく腹ごしらえって、入った小さなお店は、
島の人達の憩いの場になってるみたいで、席数も少ないので、
予約してから来る人が多い。

連れ立ってやってくるのは、おばちゃん、おばあちゃんと女子率高し。
お店に予約入れてからお友達とお昼ご飯、って、
年齢高めの「ママ友ランチ」みたいで、女子はいくつになっても、どこにいても
同じなんだね(笑)

ご飯食べながら、チビっ子を構ってもらったり、道を教えてもらったりして
おしゃべりしたあとは、お店を出て、お散歩。

私が行きたかった「平さんの棚田」へは、どうやら今回行くには厳しい
という事が判明し落胆するも、子ども達とゆっくり歩きながら、
行きかう祝島の人達と、お話してまわるのは楽しかった。

話題はどうしても、震災や原発のことになって、テーマは重いんだけど、
なんか、所さんの笑ってコラえて!の「ダーツの旅」みたいだったわ。

海が望める坂道をのぼりながら、出会ったおじいちゃんとの会話の中で、
「人間の作ったものは絶対いつかめげるんじゃけぇ」※めげる=壊れる
と言うおじいちゃんの言葉に、
これほど重みのある言葉があろうか、と思う。本当にその通りだ。

漁師をしているという、そのおじいちゃんは、
作業船が出たら漁を中断して現場に向かって抗議をするというような生活で、
「わしの人生の30年のうち、15年くらいは反対の為の時間じゃった」と、言っていた。

計画が持ち上がった頃は、おじいちゃんは、まだ、お父さんだったはず。
私が、おぎゃあって生まれて、高校に入学するまでと同じ時間が
原発建設反対の為だけに使われてきてると思うと、たまらない気持ちになる。


坂の上からの景色。のどかだにゃー。


波止場にいた、おじちゃん達。私達が散歩して帰ってくる間も、ずーーっとそこいた。
海でたむろってる学生服着た男子の年齢高めバージョンだ。
男子も、いくつになっても男子だわ(笑)

話しかけてみる。(←ダーツの旅風にw)

ここから海を覗くと、すごい透明感で、魚の大群が見えた。
スナメリクジラに追われてここに入り込んできたらしい。
ソータは、楽しそうに魚の群れをずーーっと見てた。

私が神奈川から来たことを話すと
「神奈川帰るんか?」「放射能は怖いぞー」と、おどけたように話すおじちゃん達。
この前、祝島のドキュメンタリーの動画を見てたら、同じ場所でたむろってる所が
映ってた。 あの時のおじちゃん達だった。ホント、何してるんだろ。仲良しだな(笑)

このおじちゃん達からも、リアルな生の声を聞いた。

*******
岩場の海に行くと、船で一緒だった、ママさんが子ども達を遊ばせていた。
上関の近く、平生町から来たらしい。

ママ同士なので、話が盛り上がる。
島の人達と話した事をシェアしてると、そのママさんが「聞いた話なんだけどね・・・」
と言うことには

推進派だった議員さんも、今回の震災を受けて、反対に傾いてる人もいるらしい。
だけど、これまでの事(30年)があり、今さら寝返ることはできない。
世論もあるし、反対派の議員さんにがんばってもらって、仕方なく折れるという形に
できれば・・・って言ってるそう。その話を聞いて、私と友人が同時に

「今しかないと思うんじゃけど」

笑ってしまうほど、同じタイミングに同じ言葉だった。

上関は、集落も議員さんも推進派の人が多数だ。
少数の反対派の人だけに「がんばってもらって、仕方なく折れる形」なんて、それって
どうなんだろう。この震災のタイミングで声をあげなくて、いつならいいの?
今しかないでしょ?推進とか反対とかじゃなくて、一緒に立ち止まって考えてみようって
スタンスだって、いいじゃない。とかなんとか、ケンケンゴーゴー。

そのママさんによると、周囲では
ハンストしてた男の子達のニュースや、2月の大規模工事、
今回の震災で、お母さんたちの声がかなり高まってきてるそうで、
そういう人達でアクションを起こしていこうという話が出ている、との事だった。

それは、ママ仲間としてぜひ応援したい。私もがんばる!
と、激励しまくって、お別れした。

*******
空も雲って寒くなり、船の時間より早めに、港の小さな小さな待合室で
時間をつぶしている時のこと。

おばあちゃんが、ひとり、いたので
「おばあちゃんも、原発は、反対?」と、聞いてみた。

おばあちゃんは、教えてくれた。

「私はね、祝島の生まれで、四代にお嫁に行ったの。四代はね、推進なの」
四代(=しだい。祝島の隣の港にある集落の事)

昔は、四代の中にも反対の人は多かったけれど、反対なのは高齢者が多く、
30年という年月の間に、亡くなってしまったりで、反対派の人はどんどん少なくなっていって
しまったんだそう。若い人達は推進派が多く、おばあちゃんの息子さんも、推進派。
自分自身は祝島の人達と同じように、心では反対だけど、
今は息子夫婦に世話になっているから、声をあげる事はできない。
四代にいて、原発反対というと、居場所がなくなる。

「でもね、四代の中にも反対の人もいて、○○さんの所へ行くと、あそこでは、
話ができるんよ。だからね、私は若い者の言う事に口出しはできんけど、心では反対派」

家族に本音も言えず、町では肩身の狭い思いをして暮らしている。
・・・なんて、切ない話だろう。と思った。

今、震災を機に、世論で推進派・反対派とかって、いろんな意見があるけど
「だって、電気は必要でしょ」とか「代替エネルギーがないなら原発に頼るしかない」
というような理由とは違って、誘致されようとしてる町ではこんなに深刻な現実がある。

推進派の人だって、町をよくしたいっていう気持ちからであって、
どちらがいい、悪いって言えない。(中電のやり方には、めっちゃ異を唱えたいけども)
その中心が、原発っていう人の手に負えないものだってのが、問題で(大問題だ)
そんでもって、30年なのだ。

何回も書いたけど、30年なのだ。
友人Yちゃんと「祝島の人達は、すごすぎる」と、話した。

私達が知ってるこれまでの県や中電のやり方、上関では推進派が多数という現実、
島の人達の話を聞いて、今、目の前に原発が建設されていないことが、
奇跡のように思える。田ノ浦を、絶滅危惧種が多く生息する奇跡の海だと言うが、
そういう意味でも、ここは奇跡の海だと思った。
心が折れてもおかしくなかったと思う。
海を守りたい、というその一心で、よくぞ、よくぞ、これまでがんばってこられた。
・・・という想いで胸がいっぱい。
ハート型のこの島には、自然に対する愛が満ち溢れていた。

もう、報われてもいいんじゃないだろうか。

心底、思った。

船では離れたところに座っていたおばあちゃん。四代の港に着いて、
船を降りようとしていたので、私は、かけよっておばあちゃんに言った。

「おばあちゃん。私、神奈川に帰るけど、私は神奈川でがんばるからさ、
おばあちゃんは、心の中でがんばって。また、祝島にも来るけぇさ。また会おうね」

おばあちゃんは「はい、がんばります。お願いします」と、握手してくれた。
深いしわの、ちっこい背中の、おばあちゃん。

今は、顔も思い出せないけど(コラ)
がんばるって、具体的に何をがんばるか、わかんないけど(おい)
私は、私のできる事をしよう。と、思ったのだった。ばっちゃんの名にかけて~!メラメラ~。
・・・でも、ばっちゃんの名前、知らんがな^^;

でも、また、会えるといいな。

日帰りだったから、たぶん、祝島の魅力の10分の1も、わかんなかったと思う。
だって、平さんの棚田も見てないし、スナメリクジラにも、ブタさんにも会ってない~(TT)

けど、今、ここに来て、海を眺めて、島の人達と会えて、初めてわかった事。
それが、わかっただけで、今日の一日は大満足だった。
夏には、絶対、泊まりで来ようね。と、友人と話して、上関を後にした。

# by sacci38 | 2011-05-19 00:38 | おでかけ | Comments(0)

上関 エピソード1 船の旅。

祝島へは、室津港から船で40分くらい。

ハート型の島で、名前が祝島って、どんだけ愛に満ちてるのー。

天気が良かったので、船内に入らず、デッキから景色を眺める。
海は青いし、景色はキレイだし、見える島々の景色・・・・!!!




・・・うーん、見慣れた感じ(笑)
定期船は萩のより小さいけど、やっぱ瀬戸内海は、日本海に比べて揺れなくていいわー。
みたいな。

デッキには、明らかに私達と同じ匂いのする人々がいて(ジモティじゃない人)
船のおっちゃんも、察してくれてるようで、途中で、いろんな事を教えてくれた。

上関から、祝島へ行くまでの間に、いくつかの港を経由する。おっちゃんは言う。

「この辺りは、(原発)推進派。あそこに見える旅館はの、原発ができる事を
見込んで建てられた旅館なんよ。原発できたら、作業員とか泊まったりするけーの。
今もいっぱい泊まっとる」

・・・。
原発そのものは、建っていないけれど、30年分、いろいろな場所で、
計画が、着実に進んできた現実を目の当たりにする。

「ここの町も、推進派」

ここもか・・・。

「あの向こうに見えるのが、工事しよる田ノ浦」

遠くに、山を崩した工事現場みたいのが見えたときは、ちょっと緊張した。
その場にいた人達も一斉に携帯やカメラを取り出し撮影していた。
PCから動画で大規模工事の様子を見ていたけど「あそこが、あの、現場か」
って、リアルに目にすると、なんとも表現しがたい、重苦しい気持ちになった。

過疎の問題とか、お金の問題とか、いろんなしがらみ・・・・って、
私は知事へのお手紙に一行で書いちゃったけど、
そんな簡単に語れることではないんだ。

山口に生まれながら、そんな事ちっとも知らずにいた原発初心者の私には、
絶対に「わかった」なんていえない30年がある、という事がわかった。

でも、たとえば、ココに原発ができたとして、
さっき、おっちゃんが推進派と言ってた場所から10キロも離れてないわけで。
町を思ってこその、推進という気持ちの人もいるんだろうけど、
もし何かあったら、ここに住むことすらできなくなるんだよね・・・。

「原発は安全」という言葉を信じていたであろう、この辺りの人達は、
今、どんな事を思ってるんだろうね・・・。

そんな事を、友人と話しながら、船は祝島に向かった。

# by sacci38 | 2011-05-10 00:09 | おでかけ | Comments(0)

上関へ。エピソード0~それぞれの、役割~

さて。帰省中の旅の話のつづきを・・・。

山口に帰省したからには、どうしてもどうしても、上関と祝島を訪ねてみたくって、
友人と、一緒に行く計画を立てた。

船の時間とか調べて、実家から港までの道のりを逆算すると・・・・

上関、めっちゃ遠っ!

なにしろ、私は赤子連れ、友人も1歳のお子ちゃま連れなので、
あんまり無理はできないのだ。というわけで、中継地点の友人宅に前泊して、
それでも、朝は早起きして、バタバタで出発。中継地点からなのに、
船の出る室津港へは2時間くらいかかる。

上関、めっちゃ遠っ!(笑)

その、上関に向かう、ながーーーい道中は、友人といろんな話をしながらの
ドライブだったんだけど、その時、友人がこんなことを言った。

「スピリチュアルみたいのは、よくわかんないけどさ、
地球が、人間みたいに意思を持ってる個体だとするならね、

私は、道っていう血管を通って、自分の行くべきところに行って
やるべきことをやってるように思うんよ。
毎日、車で仕事に行きながら、そういう風に思ったりするんよ」

人は、みんな地球という個の、ひとつひとつの細胞なんだ、って話で。

自分の意思だけど、それは地球の意思でもあって、
例えば、今回のような震災が起きたとき、
私達は、それぞれの意思で動いたけれど、それは地球の意思でもあって、
白血球みたいな役割を持ってる人達が、身体(地球)の有事に、
わーーーって動いて、被災地に向かって、そこでやるべき事をやる、みたいなね。

・・・って、その話を聞いて、
高尾山で体感した、あの感覚と同じものを感じて、
パズルのピースがはまったような気がした。

私は、私が来るべきところへ来て、やるべき事をやってるんだって、
思って、西に避難したことに罪悪感すら感じていた自分を、
受け入れて、吹っ切れた、と思えた瞬間だった。



********


白血球みたいな役割の人がいる。

西に動いた人は、そこで何かしらの役割を果たしていて、
その場に留まっている人も、そこにいる意味があるんだ。

それが、直接的に何かに結びつくように思えなくても、
変わらない日常を送ること、という役割が与えられているんだね。

だから、だれかと自分を比べて、落ち込む必要だってない。

みんな違って、みんないい。本当に、それで、いいんだよ。



********


それでも原発が必要だ、という人の気持ちは、正直私には全く理解できない。
私達が、上関に向かう日の数日前に、テレビで、中国電力の社長さんが
「原発は絶対作ります!」と豪語してて、ホントに意味がわかんない!って
思ったけどさ。

だけど、きっと、それは本当にそう思ってるんだろうから。
そうなるまでの、30年という月日があったのだろうから。

私達は、反対という意思表示と、行動はしつつ、

認められはしないけど、そういう人達の存在も受け止めなくちゃいけないね。
同じ場所に、共存してる、同じ人、だからね。

・・・って、話しながら、車を走らせた。

受け止める、とか言いながら、

利権むざぼってる人って、活性酸素じゃね?とか、
山口県、血管作りすぎじゃね?(道路工事が、多いのよ。山口県は)

とか、毒吐いたりも、した(笑)

まぁ、それも、私と友人の、キャラであり、役割。


・・・って、書きながら、思ったけども、
活性酸素を除去するためには、ビタミンとかミネラルとかが必要じゃない?
それって、栄養じゃない?
批判や怒りや不安は、栄養にはなんないよね。
きっと、愛とか、感謝とか、笑顔とかだよね。

笑いが、病気を消しちゃった、って話も、あるもんね。

なんか、漠然としてるし、具体的な解決策じゃあ全然ないんだけど、
考え方としては、間違ってないと・・・思うんだよなぁ。

# by sacci38 | 2011-04-21 02:30 | Comments(2)

高尾山のこと。その2。

その日、案内してもらったのは、人で賑わう表ではなく、裏高尾。
あまり人に知られていない穴場らしい。その上、坂田さんのガイドつき。

ガイドという仕事を自分がしていたから、余計にそう思うのだけど、
そこにあるそのままを感じることも、もちろんすばらしいけど、
ただ訪れるだけではわからない(見えない)ものを、ガイドを通して、
見聞きする事で、その場所をより深く感じることができる。

実際、案内してもらっていなかったら、私はその素晴らしさの100分の1も
気づけなかったに違いない。坂田さんのガイドは、感動の一言では表せず、
私のつたない文章では、とてもじゃないけど伝えられない。
むしろ、書いてはいけないような気がする^^;
でも、少しでも感じてもらえたら嬉しい。

*******************

沢を流れる水は、水源から流れるのではなく、そこかしこから湧いているそうだ。
本当に、水が豊かな場所なんだな、と思う。

山肌がむき出しになっているところからも、水が染み出している。
そこには、蓋をするように苔がはえてる。


そこかしこに転がってる岩にも、びっしり苔がはびこっている。
雨が降ると、水をたっぷり含んで、また違う表情を見せてくれるんだそう。

小さな岩の上で、さまざまな植物の生存競争があり、いつしか
そこに岩を抱くようにして、木の根が伸びる。
岩と苔は森のはじまりなんだ、と教えてもらった。

岩にはびこる苔たちは、まるでお布団みたいで、
苔をこんなに愛しいと思ったのは生まれて初めてだった。


これは、シャガ。
根が、浅くひろく伸びる植物で、山肌に緑のネットをかぶせているようなものなんだって。
山の傾斜にシャガが生えてると、土砂崩れとか防いでくれるらしい。
山肌や、川べりをコンクリで固められた景色を想像して、なんだかなー、とか思ってしまう。

なんでかわかんないけど、私が、この日一番印象に残ったのがシャガだった(笑)
歩きながら、ひとりで、シャガはすごい、すごいって、感心しまくりだったもん。

初めて知った植物だと思ってたけど、名前を知らなかっただけで、
花の写真を見て、実は、昔実家の畑に咲いてた植物だったことを知った。


野イチゴの一種。


幼稚園仲間にはおなじみ、龍の涙。この群青色!

動物のことも、いろいろ教えてもらった。

リスが食べたクルミ


ネズミが食べたクルミ


右の方に、キツツキがあけた穴がある。
ふたまたに分かれた、右の方が朽ちようとしていて、虫がいて、
キツツキはそういう場所に穴をあける。

一本の木に、何かがついてるので聞いてみたらサルノコシカケという、キノコだった。
「キノコがついてる木は、寿命を終えようとしてる木」だそうだ。
途端に、その木がおじいちゃんみたいに思えて、また愛しさがこみ上げてくる。


寿命を終えようとする木や、倒木があると、どこからともなくキノコたちがやってきて、
木を分解して、そこにはものすごく上質な土が生まれる。
この倒木の穴にも、土がいっぱいで、触ってみると、すごくいい匂いの、
ふこふこの土があって、土の赤ちゃんだと思った。

そして、そこに新しい命がまた生まれる。スミレが、芽を出していた。

最後に、ツリーハウスで、焚き火を囲んでまったり。



ソータ、ツリーハウスに大喜び。


ずっと抱っこだったケースケも、この笑顔♪

2時間かけて、歩いた距離は、2キロくらいだった。
10メートル歩いては止まり、歩いては止まり。
「赤ちゃんがいてもだいじょうぶだよ」と言われた意味がわかった。

2キロ足らずで、これだけのものを見せて、感じさせてもらって。
頂上まで歩いたら、一体どんな事になるんだろう。
いつか、歩いてみたい。

この短い距離だって、暖かくなったら、また全然違った景色を
見せてくれるらしい。
四季を通じて、味わいまくりたい。と、思った。

********
高尾山は、修験道の霊場だったため、1000年以上昔から
森林の伐採を禁じられていて、だから、この自然が守られてきた。
この山に、神様とか天狗がいるのかは、見えないからわかんない。
けど、きっと、ここを守ってきた人達の心の中にはいたんだろう。
そして、守ることの意味をわかっていたんじゃないだろうか。おそらく本能で。

多種多様な植物に、昆虫や、鳥や、動物達。
モノ言わぬ、それらすべてが、誰に教えられたわけでもなく、
いるべき場所で、あるべき役目を果たして、
見事な調和と、循環がなされていた。
そして、それらすべてをつなぐものが、水である。ということ。

ここには、生も死もなく、ただ、変化があるだけ。
ゆっくりとした時間をかけて、繰り返されていく。
人間も、同じなのだ。

地球という大きな生命体の中で、小さな草や虫達や、
動物や、私達の命が循環している。

木や花や虫や鳥と、自分が同じものであるという事を、
頭でなく、心と身体、全部で、体感した!と感じた。
なんだか、なにもかもが繋がった気がした。

この理を、真に体感してしまったら、生き方が変わる。
すべての価値感がひっくり返ったようだった。

まだまだ便利なものが溢れていて、その中で生きている私だけど。
いろんな場所で、破壊されていく自然、
7分に1種絶滅してしまう動物がいることを知っても、何もできない私だけど。

今、私にできること

の、ちっぽけさに、涙が出そうになるけれど。

これ以上、自然を壊すことは、絶対にしてはいけない。
豊かな自然を子ども達の為に、残してあげたい。

漠然と思っていたことが、揺ぎ無い想いに変わった、そんな体験だったのでした。

***余談***

坂田さんの事を「高尾山の化身だ」って、言ってた人がいたんだけど、
私も、絶対そうだ!と思ったよ。

山を知り尽くしてるというよりは、山そのものみたいだったもん。
イノシシが掘った穴を見せてくれたときに「ホントにあいつらはさー・・・」って
あきれたように話してる様子は、山が坂田さんの身体を借りて、
自分の事を教えてくれてるみたいだった。

あとね、

こんなに自然に詳しくて、自然を愛してるけど、ヘビースモーカーっていう
ギャップが個人的には、たまらなかったなぁ(笑)
ものすごい自然に恵まれてるけど、都会にある山ってのと、
ものすごい自然の造詣が深いけど、ヘビースモーカーって、
なんだか、リンクしてる感じが、したんだ。
そんなこと思うのは私だけかもしんないけど^^;

# by sacci38 | 2011-04-19 23:10 | Comments(2)

高尾山のこと。その1。

書きたい事はイロイロあるのだけど、これを書かずには前に進めない気がするので
少し、話はさかのぼるのですが。

震災前の2月のある日。

友人の主宰するearth tribesのイベントで、初めて、高尾山を歩いた。
実は、去年の鴨イベントで、高尾を初めて訪れて以来、毎月遊びに行っていたのであった。

2月のイベントは、チャパーティ(ピザパーティ)と、虔十の会の坂田さんによるトーク。
&次の日は、坂田さんの案内で、高尾山ウォークという内容だった。

初めてお会いする坂田さんの噂は、いろんな人から聞いていて、
高尾山を歩くことは、いつでもできるかもしれないけど、坂田さんが案内してくれる
というこの機会を、どうしても逃したくなくって、ケースケをおんぶしてでも歩く!
と決めたほど。(実際は、抱っこで歩いた)

さすがに「赤ちゃん連れは厳しいんじゃない?」と言われるかと思ったが、
相談した人達が、口を揃えて「絶対行ったほうがいい」と言うのだ。
これが歩かずにいられようか。
なんて、赤子を抱えてでも山を歩きたいと思う自分に、
私というキャラを一番わかっている自分が、一番驚く。人って変わるもんなんだね。

******
ピザパーティの後、囲炉裏を囲んで、まったりしながら坂田さんの話を聞いた。

坂田さんは、高尾山の自然を守る活動をしておられるのだが、
その他の環境問題にも積極的に関わっていて、ちょうどイベントの1週間前に
大規模工事が始まってしまった上関の話を交えながら、
高尾山のこと、自然豊かな高尾山に掘られようとしているトンネル工事のこと、
工事に反対する活動の事などのお話をしてくださった。

上関や高尾だけでなく、日本のいたるところで破壊されようとしている
環境問題の事にもふれ、そのすべてに共通して、失われようとしているのは
水なんだ、ということを教えてくれた。

高尾山は、小仏層といって、地層が縦になっているので、水が染みこみやすくて、
水路(みずみち)が山を縦横無尽に走っていて、お腹の中に、水をたっぷりと含んでいる、
水の山で、水が豊かな山には、たくさんの植物や昆虫、動物達がいて、
599mという小さな山なのに、植物の多様性は日本一。1300種類以上の
たくさんの植物があるんだそう。昆虫の数も日本一。ちょうちょだけでも80種類とか、
飛来する鳥の数も日本一とか、あんな都会の近くにあるのに、ミラクルな山なんですね。

1300種類の植物っていうのは、イギリス一国分に匹敵する・・・って、
言葉で書くと、1行で終わっちゃうけど、これってすっごいことなんだ。
(ってのは、次の日に実際に目でみて実感する)

そんな水の山にトンネルを掘るということは、
人がお腹に穴をあけられたら血が噴き出すように、山の水が噴き出して
山が枯れてしまうということ。
実際、トンネル工事を進めると、水がいたるところから噴き出してくるので、
海底トンネル並みの技術でないと、トンネルは掘れないということ。
迂回する道路をつくる代替案を出しても、しかも、その方がコストがかからない
にも関わらず、トンネルを掘ろうとするのは「コストをかけたい」から。

・・・これが、この国の公共事業の正体なの?

というようなことを書いてると悲しくなってしまうんだけど、

私が、すごくすごく感銘を受けたのは、
工事に反対する姿勢をとりながらも、決して「反対!反対!」と
怒りをぶつけることはせず「楽しくやりたかった」という話。

座り込みをするために、デッキを作って、そこで毎日のように
いろんなイベントを企画したんだって。
ヨガやフラダンス、落語家を呼んで寄席をやった事もあるんだって。

「○○反対運動」と言って、イメージされるものとは正反対の活動で、
工事しようとしてる現場で、人がいっぱい集まってフラダンスを踊ってる様子を
想像すると、笑えてしまう。

大きな横断幕には「NO!」でなく「YES!」と書いて、
工事をしようとしている人達も、自然の恩恵を受けて、同じ場所で生きていることには
違いがないのだからというスタンスを貫いていた。話を聞きながら、
泣きそうになってしまった(つーか、泣いた)

座り込みの為に、作られたデッキは、国のまったくもって理不尽な行政代執行で
撤去されてしまったそうなんだけど(本当にこの国は意味がわからない)
最後の抵抗としてとった手段は、作業員の人達が
「これは、壊したくないなぁ」っていうアートな場所にすること。
(でも、壊されちゃったんだけどね)

その時の記事を見つけました。 これ
これは本当に、壊してほしくなかったなぁ・・・。夜は、これにたくさんのキャンドルの灯りが
灯ったんだって。写真じゃなく、一目、見てみたかったなぁ・・・。

他には、高尾山の植物や動物の生態系の話とか、
トンネルや、原発の是非を問うと、そこには、いろんな考え方や、立場があって、
絶対に賛成・反対に分かれてしまうのだけど、

「生物多様性」

という考え方が、全てを救うキーワードになる。という事も教えてもらって、
ものすごーーーーーーーく、ためになる、学びのある、笑いも涙もある、
お話だった。見た目、普通のおばちゃんなのに、ハンパない魅力で、
噂以上な坂田さんに、すっかりノックアウトされたのだった。

******
高尾山も、原発も・・・私が知らない間に、こんなにもいろんな事があったのだと、知る。
まだまだ、知らないうちに進められようとしてることもいっぱいあるんだろう。
あまりにも巨大な渦に、流されて、飲み込まれそうで、私という小さな存在なんかには、
どうにもできないのではないか、と思ってしまう。
悲しいのは、そうして、小さな存在にはあきらめて欲しいと思ってる人達がいて、
そういう人達が今もまだ、その渦を加速させようとしていることだ。

でも、今は違う。私を含めて、たくさんの人が気づいたはずだから。
その数が、増えたということは、その渦を逆回転させようという力が、増えたという事。

その回転が止まるまで。
そして、逆回転を始めて、それがうまく回り始めるまで。

そうなるまでには時間が必要で、大変な事もあるかもしれない。
でも、今、変わらなきゃ。もう、変わらなきゃ。

・・・というのは、多くの人がわかってることで。

私が思うのは、
変わるなら、楽しんで変わろう。
どう変わっていくのか、ワクワクしながら変わろう。ってこと。

トンネル反対を楽しくやってる坂田さん達みたいに。

原発反対も、怒りや批判をぶつけるんじゃなくて、
愛ある考え方をしてる友人もたくさんいる。
だから、私も、そんな風になるんだ(^^)

周りにそんな人達がいるってことは、私にもできるはず。
だって、類友って、いうもんね。(という、これも友人の受け売りw)

理想を言えば、きれいごとだという人もいる。
理想なんだから、きれいごとでいいじゃんか、と思う。

きれいごとで、世界が変わるなら、こんなステキなことはない。

・・・ああ。話がそれてきた(笑)
大感動の、高尾ウォークに続く。・・・続くんかい。


余談ですが、高尾トンネルとか、原発とかね、知らなかった問題を知りました。
じゃあ次に、私達は何をしたらいいですか?という質問に、坂田さんは
「政治家を選ぶ目を養うこと」と、おっしゃいました。

今回選挙で選ばれた、都知事さんは、トンネルを掘りたくてしょうがない人なんだそうです・・・。

# by sacci38 | 2011-04-15 02:09 | イベント | Comments(0)

椿の群生林と、萩の海。

春に実家に戻ったのは、ひさしぶりで、
訪ねてきてくれた友人夫妻&子どもと一緒に、笠山の椿の群生林を見に行った。

萩は、城下町ってイメージだけのように思えるが、
実は、この群生林も有名で、ちょうど椿祭りの時期でした。

10万本の椿って、すごいんだよ。






椿は、花のままポトリと落ちるから、地面はこんな風になる。





群生林をぐるっと回って、虎ヶ崎から見える海。目の前に浮かんでいるのは、
私の母が生まれたところ、大島。



磯の香りのする、海からの風を受けながら、大きく息を吸い込んで深呼吸をした。
地震や津波、一瞬にして、人を恐怖に陥れるのも自然なら、
ゆっくりとした時間を感じ、身体の中にたまった澱、
元気のない心を洗い流してくれるのも、自然だ。

なんてことを、思った。

海を見ながら、たとえば、目の前に原発があったら・・・・とか、想像してみた。
ブルブルブルブル。
澱も、心も洗い流せませーん(TT)

これ以上、自然を壊したくない。守りたい。
子ども達が大きくなっても、この景色は、変わらずにあり続けてほしい。

知らず知らずに、私達はどれだけの自然を壊しながら、便利の恩恵にあずかっていたのだろう。
豊かな海や山、美しい自然を犠牲にしてまで、必要な便利ってなんなんだろう。
便利の対極にあるのは、退化だ。

湯水のように電気を使う便利な生活を、ちょっとずつ手放していけば、
この自然が守られるというならば、私は喜んで、それらを手放そう。

ソータと一緒に海を眺めながら、そう思った。

# by sacci38 | 2011-04-10 01:52 | 思うこと | Comments(2)

震災から1ヶ月

東日本大震災から1ヶ月がたとうとしている。
1ヶ月がたとうとしている・・・なんて書いたけれど、ついこの間も大きな地震が
あったばかり。福島原発の現状も、見通しが立たないし、まだまだ終わりがみえない。

この震災で、亡くなった方、行方のわからない方、被災地で頑張ってる方、
そして、もっとも危険な現場で終わりの見えない作業をされている方、
心からの冥福と、願いと、エールと、ご無事を。
どうか、どうか、祈りが届きますように。

******
私達家族は震災の翌々日、自宅を離れて、西へ向かうことにした。
地震の当日に「実家、帰れば?」と、言ったのは、パパだった。
次の日「実家に帰ろう」と、決めたのは私で、その時は子ども達と3人だけだったけど、
夜の間にパパの仕事もなくなって、出発の朝、全員揃って、家を出ることができた。

双方の実家を西に持つ私達は、遅かれ早かれ、移動する事になっただろう。
だけど、当日の、パパの一言がなかったら、あのタイミングで動くことはなかったと思う。

最初の1週間は、情報収集だったり、拡散だったり、
何かできる事、できる事、できる事!って必死だった気がする。
こんな時だからこそ、笑ってがんばろう。楽しくいよう。
そんな言葉を友人達を交わしたりもしたけれど、
気がついたら、まったく笑えなくなってしまった自分がいた。
笑えないどころか、苦しくて苦しくて、押しつぶされてしまいそうになっていた。

子ども達を守りたかったし、遅かれ早かれ西に動いただろうし、
自宅にいたって、できることなんてないし、動けるのならば、
ここにいないほうがよっぽど節電には貢献できるし、って、
判断は間違っていないはずなのに。

後で知ったことだったが、西へ避難をした友人は、
みんな同じような気持ちになっていたらしかった。

被災地で苦しんでいる人のこと。
関東に残って頑張ってる友人のこと。
被災地へ向かって、支援をする人達のこと。
を思うと、安全な実家にいることを申し訳ないように思ってしまう。
西日本にいる人の震災への温度差、というのも、きつかった(主に私の父ですがー)

「罪悪感のようなもの」って、いうか。
でも「罪悪感」って、誰に対して?何に対して?わからない。

今もなお、苦しんでいる人達の事を考えたら、
安全な場所にいる自分が苦しいと思うことすら、いけない事のように感じてしまって、
そんな矛盾と葛藤の狭間でもがいていた。

サバイバーギルティ、というらしい。

非日常って、怖い。
切羽つまった緊張感の中で、平静を保てず、冷静な判断も欠く。

こんな風に例えるのは、よくないかもしれないけど、
戦時中ってこうだったのかな・・・って、少し、思った。

天気の回復と共に、外に出て、自然と触れ、大きく深呼吸をして、
友人と過ごした時間のお陰で、自分を受け入れ、浮上する事ができた。

吹っ切れてからは、笑っていられるようになった。

自宅を出てから、帰るまでの3週間という間、
いろんな事を考え、考えさせられ、気づき、気づかされ、
ひたすら感謝、感謝の日々だった。

避難でも、疎開でも、帰省でもなく。
「旅」だったな、と思う。

萩の海を見て、糸島の海を見て、祝島の海を見て、因島の海を見た。
海ばっかかい(笑)

という、そんな移動の旅と、心の旅の事を、順不同で、綴ります。

# by sacci38 | 2011-04-09 17:44 | 思うこと | Comments(0)

もうすぐ卒業式。

3月も、もう中盤。卒業シーズンですねー。

ソータの学校の6年生も、もうすぐ卒業してしまいます。さみしいぃ・・・。
あの子達には、本っっ当にお世話になりました。
ソータは、とってもかわいがってもらってさ。本当にありがたかったなぁ。
ソータが学校だいすきなのは、上級生のお陰なのが、大きいと思う。

私が学校に行った時も、いつも、みんなが「ソータのママ!」って話しかけてくれる。

入学して間もないころ、ソータがスクールバスに乗り遅れたときも、
バス停から学校まで連れて帰ってくれて、先生に事情を話してくれて、
うちに連絡してもらったり。

ある時、近くで強盗未遂事件が起きて、学校から集団下校のお知らせメールが
来た時は、自分の降りるバス停じゃないのに「ソータくんが、こわいって言うから
一緒に連れてきましたー」って、家まで連れて帰ってきてくれた子もいた。

ケースケが生まれたあと、少しして、学校でのソータの様子から
「ソータは、赤ちゃんが産まれてやきもちをやいていませんか?」
と、心配して私にお手紙をくれた子もいた。・・・これには、びびった。

入学式のとき、ソータの担当になってくれた男の子。
その後もなにかとソータを気にかけてくれていたのに、
ソータはその子にちっともなつかなかったらしく(女の子になついていた)、
それでもめげずに、一生懸命、相手になろうと頑張ってくれて、
なにかの時に、ソータとずっと手をつないで遊んだときがあったらしい。
そしたら、その子が

「今日そうた やっと心を ひらいたよ」

って、俳句を読んだそうだ(保護者の方から聞きました)


・・・・ああ、思い出してもありがたやー。


まもなく、卒業式。1年生は「6年生とのおもいで」を文章にして、
それを「おくることば」として、5年生が読む。らしい。
子ども達が書いた文章を先生が、学級通信に載せてくれました。

みんな「ありがとう」とか「中がっこうにいっても、わすれないでね」とか
「あそんでくれてうれしかったよ」とかね、そんな感じで感謝の言葉を綴っていました。

6年生にお世話になりまくったソータはどんな事を書いてるかしら・・・どれどれ。

「H さんへ」  (ああ!やっぱりソータ的にHちゃんは外せないよね!)


「Hが いっしょに はして いっしょに ばす いたけど ちこくしたよ」






まさかの、クレーム!!





※ちなみに、ソータはいつも「っ」を書き忘れるので(1年生も終わりになるのに、どないやねん)
修正しますと「Hが いっしょにはしって、いっしょにばすいったけど、ちこくしたよ」です。

もういっちょ

「S さんへ」  (ああ、Sくんはベーゴマをくれた子だね!家でもよく名前を聞いたわ!)


「Sが 1がっきにともだちだったよ。3がきのときわ ともだちになくなたよ」






まさかの、決別宣言!!





※修正しませんけど、察してください(TT)

お、お、おまえというやつは・・・
なにを書きさらしとんじゃーーーーーー!!!

学級通信に載せられていたため、ママ友から爆笑の突っ込みメールがきたわよ(TT)

ありえない送る言葉だけど、私は、ママなので、ソータの言いたい意味はわかる。
Hちゃんと、走ってバスのところに行ったけど、遅刻したのが、ソータの中の思い出なのよ。
Sくんとは、1学期には、よく遊んだけど、3学期は、あんまり一緒には遊ばなかったのかな。

言葉足らずで、伝わらなぁぁーい。切ないわぁぁーん。

ああ、ごめんなさい。HちゃんにSくん。あんなにかわいがってもらっていながら
こんな子で・・・(TT)これは、私が直接お礼をお伝えするしかあるまいよ。

しかし。

通信に書かれていた一文が気になる。

卒業式に「おくることば」として、5年生が読みます。



・・・。




別れの涙もかわくわっ!






ソータの言葉を読まされる、5年生が気の毒だよ・・・(笑)←もう、笑っていいですか。

まぁ、その辺はさすがに先生も空気を読んでくれると思うけど(たぶん、読まない方向で)
もし、律儀にもすべてのおもいでを披露されるのだとしたら・・・

おそらく、卒業式では、笑いと(クレームの件)、
体育館に寒い空気が(決別宣言の件)流れるに違いあるまい。

この場を借りて、6年生のみんな。
ありがとう。こんなソータを、めいっぱいかわいがってくれて、本当にありがとう。
                                        
                                        ソータママより。

# by sacci38 | 2011-03-11 00:38 | 息子 | Comments(0)

36歳、あまりにも幸せな、一日。


お友達から、もらったお・は・な♪

本日をもって、36歳になりました。いぇー。
今年は年女なので、なんか節目な感じで、3周目に突入です。

メッセージや、メールをくれたみなさん、ありがとう。
一番乗りは、前日にフライングメッセージをくれた、Daiちゃんでした☆
なぜか、mixiでは誕生日の前日からケーキのマークがついちゃって、紛らわしいのね(笑)

従兄弟のお兄ちゃんや親からは、まだ寝てる時間&早朝からメールきてさ、
アレよ、年寄りだから、朝が早いんだよ。布団の中から寝ぼけまなこでメール見て、
でも、ありがたかったです。

最近、お友達になったばかりの人からも、たくさんメッセージいただきました。
知り合ってからの時間なんて関係なくて、心を開いて人と繋がったら、
こんな素敵な関係になれるんだな、って、再確認。
嬉しい気持ちでいっっぱいになりました☆

36歳・・・アラフォー街道まっしぐら、ですね。
キラキラ輝いてる若者を見ると、若いっていいなぁーなんて
ベタな事思っちゃったりして「36歳になってしまいました~」って感じなんだけど、

「年齢はあくまで肉体年齢であって、魂年齢は別」

という、お言葉をいただきまして、魂年齢は、自他共に認める若さの自分ゆえ、
そっか、そうだよね♪と、アガりました。単純^^;
まわりを見渡せば、素敵に歳を重ねている人達がたくさんいるしね、
いい刺激をもらいつつ、自分を磨いていきたい今日この頃です。

お昼は、誕生日の近い魚座仲間のママ友と、お誕生日ランチ。
お店は、私のリクエストで、近所の、自宅を改装して営業してる小さなお店に
行きました。ケースケが生まれてから、ご無沙汰していたんだけど、
ひさしぶりにオーナーの「お母さん」に会いたくて。

お客さんの回転とか考えてなくて、子連れにも優しいお店で、
(てゆーか、むしろ子連れのお母さんたちがゆっくりできるように、
っていうコンセプトで始められたお店らしい。すばらしい。)
ご飯はおいしいし、だいすき。

居心地よくて、友人との話も尽きず、3時間強居座ってしまった。

お母さんと、キッチンのおばちゃんが、
昼間は学校のため、一緒に来れなかったソータに「会いたい、会いたい」
言ってくださって、私は、ひさしぶりのこのお店の違うメニューも
食べたかったし「じゃあ、ソータ連れて、晩ご飯も食べにきます。誕生日だし」

と、いう訳で、一旦帰宅した後、時間を置いて、再度訪れる事に(笑)

仕事が早く終わったパパも合流する事ができて、ラッキー。
お誕生日ランチに続く、お誕生日ディナーを、同じ店でいただいたのでした。
のりぞうといろんな話をしたのは、ひさしぶりでした。

その間も、携帯がピロリンピロリン鳴って、バースデーメッセージ
いっぱいもらって。

遠くに住んでる友人は、最近の私を「疾走してるけど、勢いとかじゃなくて
しっかりとした足取りを感じる」と言ってくれた。
私が頑張ってると「負けたくねー」と思うらしい。
そんな彼女の存在は、私にとっても大きい。
負けたくねーって思ってもらえる相手がいるって、なんかいいじゃん?

ソータのタイコの師匠(?)である、目力の強烈なお兄さんに、
先日のコンサートの報告がてら「明日誕生日なんだー」と、さりげなく
アピってみたら(全然、さりげなくない。つーか、あからさま。笑)

バースデーソングをメールで送ってくれました。オリジナルです。多分。

「おめでとうーおめでとうー またひとつ年をとるー♪
おめでとうーおめでとうー またひとつシワも増えるー♪
でもそんなあなーたがーーーーーーーーーやっぱりすてきーでーす♪」

なんかムカつく!でも嬉しい!そして面白い!(メールを開いて爆笑してしまいました)

・・・こんな、3拍子揃った歌を、誰が作れるでしょうか。さすが、音の申し子。
文字だからメロディーが全然わからないけど、言葉の間の「-」に
素人のわからない何かがあるに違いない。
生歌を聴いたら「泣ける」が加わって、4拍子が揃うのかもしれない。

前日、ソータに「明日、ママ、お誕生日なんだー。36歳になるんだよ」と言ったら、
「ひゃーーー!ママ、すごいじゃーん!やったね!」と言われました。何かが違う(笑)
「パパは34歳だから、ママ、追い抜いたね!!」と、得意満面顔。
・・・追い越すっていうか、最初から、ママはウチで一番年上だよ^^;
でも、ありがとう。嬉しいよ。

のりぞうは「帰りにケーキ買って帰ろうか?」ってメールをくれたんだけど、
ケーキはすでにあったから「いらないよ」と、返信をしました。
でも、手ぶらだから若干さみしく、チクっと刺してみたら、
「いや、なんか靴にしようと思ったんだけどさー、サイズもよくわかんないから、
後日でいいかなと思って」だって。
いいですー!後日でー!全っ然いい!わーいわーい、ありがとう~(^^)
もう、ムカついても踏んづけて歩いたりしないよ~。

ケースケは、もう、その笑顔だけで充分さっ!毎日ほっぺにかじりつきたいよっ。


最後に紹介するのは、さっちの産みの親、あきちゃん。
いつもは電話なんだけど、今年はメールでした。
朝の7:26に届いたメールはこちら。

「HAPPY BIRTHDAY~ おめでとう!!
プレゼントは月末のお楽しみにね。

ところで、朝のズームインが終わるのではなく
バード羽鳥が日テレをやめて、フリーになり、
初仕事はテレ朝のモーニングショーで、赤江さんと
鳥越さん達とやるんだって・・・。」


・・・・ふーん?ってゆーか、ナニ?このメール。
何が伝えたいのか意味が全くわからなく、リアクションがとれない。
最後の「…。」も、なんか微妙な感じだけど、よくわからない。
しかも、その情報、間違ってるし。

というわけで、

「違うよ。羽鳥さんも辞めるんだけど、ズームインもなくなるんだよ。
今度は、新しい番組になってEXIKEのMAKIDAIとかが、でるんだよ。

あ、36年前は産んでくださって、ありがとうございます」

と、返信をしました。

誕生日は、お母さんが一番頑張ってくれた日なんだよ、というのを以前聞いて、
でも、日頃の私とあきちゃんの関係からして、去年はこっ恥ずかしくって
どうしても、言えなかったんだけど、さらっと、お伝えする事ができました。
良かったです。・・・いいのか?

とまぁ、こんな感じで、36歳初日は、ものすごーーーーーく幸せな一日でした☆
みんなのお陰です。本当にありがとう。

HAPPYを毎日、積み重ねて、素敵な1年にします。

2011.3.8 さっち

# by sacci38 | 2011-03-08 00:04 | 自分 | Comments(0)

セネガル物語@親バカ全開。

ダンスのワークでお世話になってるafricalture主催の
「セネガル物語」コンサートがありました。

去年も行ったんだけど、2回目の今回は、パワーアップした感じ。
ラティールのタイコワークがあったり、写真の展示や、
アフリカングッズの販売もあったりして。

コンサートに歌と簡単な踊りで参加する、地元の人達や子ども達を募集していて、
私とソータも、一緒に出演する事になった。
練習日は3回。うち、1回は行けなくて、ちゃんと練習したのは、実質前日だけだった。
てゆーか、どんな感じで、どうやって出演するのか、知ったのも前日だった(笑)

ソータは、歌の練習にも、踊りの練習にも、ちーーーっとも参加する気配がなく^^;
先生に「もう、そうちゃんは、タイコで出な!」って、言われて、
本当にタイコで参加する事になってしまった(最初は、冗談かと思ってたw)
タイコで参加つっても、練習した(つーか、好きなように叩いてた)のは、
やっぱり、前日の練習のみ。だーいじょーぶなのーーーーー??

一緒に演奏するラティールは、ラティールラティールって、気軽に呼んでるけど、
実は、めっちゃすごい人でして、そのめっちゃすごいラティール率いる
africa sunu xelcomっていうバンドの演奏のラスト2曲を、
子ども達と一緒に歌って、踊って、コンサートおしまい!っていう演出らしい。
要するに、トリなのよ。(何度も言うが、前日まで知らなかった)

ソータは、先生から借りた衣裳に、鼻をふくらませて、嬉しさを隠しきれない様子。
今日も、会場に着くなり「早く着替えなきゃ!」とか言っちゃって、やる気マンマン。
リハは、立ち位置の確認だけで、実際に歌ったりも踊ったりも、
タイコ叩いたりもしなかったから、ますます不安な母(自分よりソータの事が)

14:30コンサート開始

はじめは、ラティール率いるThe tchiky'sの演奏。
出演者特権で、一番前でソータと一緒に見てたんだけど、
ソータ、ラティールの手元をガン見。客席で一緒にタイコを叩いてるぅー。
しかも、地味にうまいぃー。

10分休憩

で、africa sunu xelcomの演奏。
セネガル人アーティストの陽気で楽しい、爆音な演奏に、ノリノリ♪
陽気で楽しいけど、爆音な演奏に、抱っこしてたケースケが
グズリともしなかったのにも驚きました(笑)

そして、出番~。私の代わりにケースケを抱っこしながら一生懸命
写真を撮ってくれたのりぞうの、ブレブレな写真でお楽しみください。

最初はこんな立ち位置。


子どもって、ズルイよね。
立ってるだけで、こんなにかわいいんだもの。
お客さんも、微笑ましーく、見守る視線になってたよ。

ラティール以外のアーティストさん達は、ステージ上ではじめまして、って感じで、
子ども達が出演する事は知ってたと思うけど、タイコを一緒に叩くソータの事は
知らなかったと思われる。「タタクノー?」とか聞かれて、しばし談笑@本番中。

最初に歌を歌って、子ども達は、輪になったり、グルグル回ったり、飛んだり跳ねたりして
後ろに下がったら、大人の番。


激しそうに見えますが、簡単な振りなので、踊りって感じではないんです。えへ。

したら、ソータが1人で、前に出てきちゃって、タイコを叩き始めたじゃーん!わー!


さらに、1人舞台のような状態にー!きゃー!(しかし画像はブレブレ^^;)

後ろの、バンドメンバーさんが、ピースフルな笑顔で「マエー、マエー」つって、
ソータを押し出してくれたのでした。お客さんもめっちゃウケつつ、声援を送ってくれましたー。


最後は、客席から、ステージに踊りに上がる人も☆
そして、ソータはラティールの真横で、タイコを叩きまくる。←この贅沢モノ!!


すんごい盛り上がりましたー。

私は、親バカ全開で、ぶっ倒れそうでした(笑)
ソータ、サイコー!!!!!

コンサートが終わって、着替えて帰る時も、ジャンベしょって歩くソータに、
お姉さん達がいっぱい声かけてくれて、得意満面。
「オレはやったぜ」的な、やりきった顔で、会場を後にしました。

たまたま、今日休みになって、一緒にコンサートに来れたのりぞうは、
ソータがこんな風にタイコを叩くところを初めて見たから(家での1人ライブはよく見てるケド)
びっくりしてました。

いやー。楽しかったです。

こんな展開になるとは、思いもよらず「ちょこっと出るだけ」のつもりだったから、
特に誰にも告知しなかったけど、いっぱい宣伝しとけばよかった。ち。

ソータ、タイコ馬鹿まっしぐらの巻。

ラティールも、アーティストさんも、お客さんも、主催のもえこさんも、
みんなありがとーーーー☆☆☆

# by sacci38 | 2011-03-07 01:27 | イベント | Comments(0)

【書籍】あなたが世界を変える日

ここんとこ、真面目な内容の日記ばかりなので、
少しは脱線して、のりぞうのおバカな話とか
(今日、パン食べながら走って仕事に行きよりましたわ)
子ども達の事とか、お味噌作った話とか書いて、
笑いのひとつもとりたい気持ちも、あるにはあるが。

もうしばらく真面目な私でいさせてください。

私が、山口県知事にFAXを送ったとき
引用させてもらった、12歳の女の子のスピーチというのは、

「あなたが世界を変える日」

という、本から引用させてもらいました。
少し前に、友人に「これ、ストレートにくるよ」って、
見せてもらった後、購入した本です。

子どもの言葉だけど、飾らない、
誰にでも理解できる内容の、彼女の言葉が、胸に響きます。

私にとっては「つい最近知ったこと」でしたが、
12歳だった彼女が、世界環境サミットで、スピーチをしたのは
1992年の事でした。もう20年近くも前の話です。
彼女は、私より少しだけ年下の、今は、立派な大人なんですねぇ。

当時の彼女のスピーチは、集まった世界のリーダーに衝撃を与え、
伝説のスピーチと賞賛された、と書いてあります。

私が本を読んで、胸を打たれたように、
世界のリーダー達も胸を打たれたに違いありません。

でも、あれから20年が経とうとして、今の日本は、世界は
変わったのか?と言われたら、むしろ悪くなってるような。

田ノ浦ではついに、ケガ人が出てしまいました。
現場は雇われた作業員や警備員ばかりで、責任を取る人は来ていない。
工事を強引に進めるために、人が入れないように柵を張ったり、
山口簡易裁判所から、作業の邪魔をすると、
妨害行為として罰金500万円を払えというような内容の、
仮処分がくだされたり、こんな公共事業がありますか、って。
そして、メディアはそんな事実を伝えてはくれない。
途方にくれてしまいます。。。うるる。

話を戻しますー。
この本は、ぜひ手にとっていただきたい。・・・と思いますが、
手に取れない人もいるかと思いますので、

動画を貼り付けます(画像荒いけど)
こちら
あと、スピーチの内容が全文載ってるサイトもあったので、
興味のある方は、見てみてくださいまし。

こちら

世界を動かす権力をもってる人達にも、
もう一度、見つめなおして欲しい。
みんな同じ家族で、同じ命で、水は命の源で、
みんなが地球の一部なんだ、って
ただの1人の人として、見てほしい。

# by sacci38 | 2011-02-24 02:11 | | Comments(0)

続・アフリカンダンスと民舞とアイヌと・・・

前回のつづき

ソータの学校では1年生の2学期に、アイヌを学ぶ。
秋祭りの時には、自分達で刺繍をしたマタンプシ(アイヌ模様をほどこしたハチマキ)をつけて、
アイヌの踊りを踊る(先生が、歌を歌う)
食にまつわる知恵だったり、アイヌの方をお呼びして、トンコリの演奏を聞いたり、
差別や迫害をうけた歴史のことを、話してもらったり、
アイヌ料理のイモシトを、実際に作ってみたり・・・

1年生に差別や迫害の歴史なんて、話してわかるのか?とは
ママ友の言葉だが、子ども達は、それなりに受け止めるらしい。
先生は「本来、6年間かけて学んだって、わかった。なんて
言える事ではないけれど、アイヌの人々は、すばらしい知恵と
文化を持っている。決して蔑むような人達ではないし、
そんな人はいない。いろんな人がいるんだ。
いろんな人がいて、いいんだ。という事の入り口になれば」
と。1年生でアイヌを取り入れる理由を話してくれた。

そんな事学べる学校なんて、他に知らない。
ソータ達が、うらやましい。うらやましーぞ。

そういった授業があることは、入学前から知っていたけど、たぶん、一番興味津々だったのは
子ども達でも、他の親でもなく、私だったと思う。

今にして思えば、アフリカンに、なぜか惹かれたあの感覚、
民舞の先生のお話を聞いて、心を鷲掴みされた、あの感じ、
に、似たものを、嗅ぎ取ったのかもしれない。

が。私は、1年生じゃないので、当然授業は受けられない(←当たり前)
身長的には、ちょっと大きい1年生だし、精神年齢が7歳くらいだから、
紛れ込んでもよかったんじゃないかと思う。

学級通信で授業の内容をお知らせしてくれたり、
保護者向けに「アイヌ料理と刺繍を体験してみましょうの会」を
開いてくださったので、それには参加したけれど、
まだまだいろいろ知りたくて、自分で調べたりもした。

あの独特の模様をほどこした、マタンプシってなんじゃらほい。

・・・で、たどり着いたのはココ

で、アシリ・レラさんって、どんな人なんだろう?と思っていろいろ見てて、
アイヌ結婚式をした高尾のDaiくんのブログに、繋がったりしたんだったかな。

学んだことは書ききれないけど
アイヌの知恵や、教えに触れると、すっと心に入ってくる感じがする。
知らなかったことを知るというよりは、眠っていたものが呼び起こされているような感覚になる。
自分のルーツがそこにあるからかもしれない。

アフリカンや民舞から感じたものとやっぱり同じで、
私は、たまたまそこだったけれど、
ネイティブアメリカンとか、○○族とか・・・

たぶん、地球における「ヒト」って、そうだったんだろうと思う。
場所は違っても、言葉や肌の色が違っても、根っこはみんな同じ。

自然や目に見えない世界への敬意を払い、
自分達が生かされていることを知り、感謝をする。

言葉にすると当たり前のことのように思えるけど、
でも、時間に追われてモノにあふれた生活をして、
便利なものに囲まれた生活をしてると、忘れてしまう。
知っていても、意識していても、一番大事な事から忘れそうになってしまう。
さらに、根がぐうたらな私は、便利がぶら下がっていると
すぐに飛びつきたくなってしまう。

しかし、昨年から、立て続けに、人との出会いだったり、見聞きしたものから
同じメッセージをもらってるような気がしてならない。
引き寄せられてるのか引き寄せてるのか、わかんないけど。
最近になって、その傾向はますます強く。

時代に、大きな変化の時が来ていることを感じる。
自分の価値感や世界が変わっていくのを感じる。

話題になった、ハングリーボーイズのインタビューを読んでいたら、
彼らのうちの1人がこんな事を言っていた。

自分のルーツみたいなものを知りたい。
そういうのを取り戻す時期じゃないかと思ってるんです、みんな、一人ひとりが。
自然とつながって生きていく・・・もともと日本人はそうしていたし、
もしそういう世界を望むのならルーツを取り戻すことが一番の近道で、
自分がそうなることで周りの人にも影響を与えることができると思う。
経験していきたいですね。トークや映像で伝えていくことも面白いし、
ワクワクすることをやっていきたいです。
日本の中のルーツが感じられる場所・・・アイヌの地などにも行きたい。
それに触れることが世界が変わることなんだなってわかったんです。
COP10で先住民のグランマが来日していたんですが、
そのグランマが教えてくれたのも「ルーツを取り戻せ」ってことでした。
これから"ルーツ・ムーブメント"が起こるんじゃないかなと思ってます。
先住民に初めて会ったけど、これは日本人にもあるだろって、
僕らももともとこうなんだ、って。忘れてるだけで、
ワクワクすることやってたら取り戻せるんじゃないかなって思います。


「ルーツを取り戻すことが、一番の近道」という言葉に
自分の感覚がぴったりハマったように思う。
しかし、これが19、ハタチの若者の言葉かと。
自分のあの頃を思い出して遠い目になるよ。
いつか、彼らにも会いたい。いい刺激をうけそうだ。

先住民と呼ばれる人達の声に耳を傾け、本来の自分を取り戻して、
そういう生活をしていきたい。
時間の流れを感じて、自然を感じて、丁寧に暮らしていきたい。と、いうのは
今年の目標。

ああ、海でも山でもいいから、自然を感じられる場所に暮らしたい。
真剣に引越しを考えている。今日この頃。

# by sacci38 | 2011-02-22 01:28 | 思うこと | Comments(0)

< 前のページ 次のページ >