長く、長く、ブログをご無沙汰していたのは、単純に子どもを寝かしつけながら寝落ち、とか
特に冬になってからは寒くて布団から出たくない!とか、そんな理由もあるけれど。
思ったことや、感じたことを書こうとすると、あれもこれもつながりあまりにも壮大になり、
とっても書ききれない、かつ、難しかったり、重かったり、するし。
心だけにとどめて、手を止めてしまっていたのですが。
少しずつ、書いていこうと思います。
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2.21は、上関原発建設予定地 の田ノ浦で、真夜中の大規模工事があって
ちょうど1年目、という日だったそうです。祈るような気持ちで、
動画を見て、
それまで無関心で無知だった自分を悔い、いてもたってもいられなくて、
県知事さんに手書きのFAXを送ったりした(過去日記に載ってます)、あれから1年たちました。
震災からも、間もなく1年。
ブログに書いたのはだいぶ後でしたが、虔十の会の坂田さんの案内で、
裏高尾を歩いたのも、実は、この大規模工事の真っただ中なこの頃で、
自然は、すべては、つながっているんだ!地球と自分とすべての命のつながりを体感した、
あの強烈な感覚は、今でも覚えています。
そうね・・・ヘレン・ケラーの「ウォーター!!」みたいな感じかしら(わかる?)
自分の価値観がグルっと変わった時でした。
それから20日もたたないうちに震災があり、現在に至るわけなんですが、
この「ウォーター!!」がなかったら、私のafter3・11は、まったく違っていたと思う。
原発問題だけじゃなく、そこにあることが当たり前すぎて、忘れていた、
自然や地球や、命に対する「想い」が、私の中を占める割合が大きくなっている。
(そこは、大きさは違えど、誰もが思っただろうし、思ってることでしょうけども)
以前より、ますます環境問題にも関心が深くなりました。
食に対する不安とか、その選び方とか、それは人それぞれで、正しいも間違ってるも
ないと思う。自分が何を優先して、何を選び、これからどう生きるのか。
いろんな考え方があると思う。自分の軸をしっかり持っていれば、それでいい。
そこらへん、自分はどうしてるか、ってのが、タイトルの「水のこと」
につながってくるんですけども(その後のイロイロにも)
知ってる人は知ってますが、
震災から、私はお水を高尾に汲みに行っています。
「水源地から放射性物質が」ってニュースを見たとき、すぐに
「高尾山に行こう!」って、思いました。
「高尾山に湧いている水は、15年前に降った雨水が山のお腹の中を巡って、
出てくるんだよ」という話を、震災直前に聞いたのは、もうこれは絶対
「あなたは、そうしなさい」と、言われているように感じたから。
どうしても「買う」という発想にはなれなかったわ。
(てゆーか、生活のためのすべての水を買って暮らすような余裕は我が家にはない)
月に1~2度、裏高尾にある、お豆腐やさんで、お豆腐を買って(すごくおいしい)
そこの水道をお借りして、タンクにたんまり水を汲んでくるんだけど、
水自体は、タダで、いただいている。
おいてくるのは、お金ではなくて、めいっぱいの「ありがとう」
15年経って湧いてくる水は、もはや元の雨水ではなく、山のお腹をゆっくり巡って
滋養たっぷりのミネラル成分豊富な、おいしい水になっているそうで、
そのお水でコーヒーとか淹れると、すごくおいしいんだそう。ご飯もおいしく炊ける。
「だそう」というか、実際、本当においしくて。
朝、起きてコップ1杯お水を飲むと、すごく浄化されていく感じがします。
自然が豊かな場所で育まれるお水を「いただいている」ということへの感謝の気持ちを、
(実際は、水が豊富だから自然が豊か、なんだけどね)
リアルに感じることができるのも、大きい。
水汲み生活を始めて、思ったことは、日本ってすごい国だなーってこと。
こんなに小さい国なのに、全国いろんなところで、その土地にあった、
特色のある、おいしいお水が湧いていて「名水100選」なんてあるんだもの。
日本には資源がない、なんていう人もいるけど(都知事のおじいちゃんとかさー)
それだけで、資源だらけじゃないかって、思うのです。
私の地元の山口でも、名水100選が何か所かあって、実家でも、時々
お水を汲みに行ったりしてるので、水汲み生活に、さして大変さを感じなかったのかも。
汲むじゃないにしても、震災がきっかけでお水を取り寄せている人もたくさんいるし、
質はひとまず置いといて、水道をひねればお水はじゃんじゃん出てくるわけで。
日本人は、水で苦労したことがないから、それがなくなることなんて考えたこと
ない人の方が多いはず。「今度は水を奪い合う戦争になる」って言われても、
ピンとこないと思う。
でも、日本は自らの手で、命の源になる水を手放している。確実に。少しずつ。
15年前の水が湧いている、という高尾山だって、今は山が私たちに安全なお水を
恵んでくれているけれど、原発事故があり、放射能の黒い雨が山に降る今となっては、
悲しいことに、いつまでもそれが続くわけじゃない。
それに輪をかけて、夏のある日、私は友人達と裏高尾に遊びに行ったのですが、
その次の日に、高尾山のトンネル(上り線)が、開通してしまいました。
その後下り線も開通、3月25日には、開通式があるそうです。
まったくもって、めでたくない話(TT)
以前、日記にも書きましたが、水袋みたいな山のお腹に穴をあけるということは、
人間でいえば、お腹から血が噴き出すみたいなもので、
現在、1日200トンの水が、山から流れていってしまっています。沢の水が、
枯れ始めているところもあるらしい。
いつまで、水汲み生活できるのかな・・・。
裏高尾に水を汲みに行く度、景観にそぐわない大きな道路を目にして思います。
一般的に知られる表の登山口からは、高速道路なんて、見えません。
登山客が多いことで知られる高尾山ですが、いったい何人の人がこのことを
知っているんだろうか、と思います。
原発や、ヘリパッドや、基地にダム。
すべてに共通して、失うのは、水で。
経済や利便性と引き換えに、どれだけの命を犠牲にするのだろうかと、
考えると、心がギューっとなってしまいます(ほら、重たい^^;)
昨年5月・・・だったかな。
リニア新幹線の着工が可決されました。
東京→大阪間を1時間で結ぶんだとか。20年前からしてみたら夢のような話です。
原子力だって、昔は夢のエネルギーって、言われてた。
私には、原発も、リニアも、夢じゃなくて幻に見える。
リニア自体のニュースは、知ってる人も多いと思う。
ただ、このリニア新幹線は、南アルプスをぶち抜くルートであることは、
あまり知られていない。南アルプスといえば、南アルプスの天然水の、あそこだ。
水の豊富な山にトンネルをあけることは・・・以下同文。
人工林で死んだ山に穴をあけるのとは、訳が違う(それでも、いかんけど)
使う電力は、原発3基分。試算される総工費は5兆円以上
電磁波が周囲に与える影響も、わからないまま。
調べるとわかるんだけど、計画が穴だらけ(トンネルだけに?←うまくないw)で、
どこをどうしたら、これを着工しようと思えるのかが、わからない。
初めは、南アルプス周辺のことを危惧していたのだけど、
リニアのルートは、今私が住んでいる町周辺にまるかぶりらしく、
知らない間に、住民説明会も、シレっと行われていました(聞いてないよー!)
知らないって、本当に怖いことだと思います。
高尾山にトンネルが開通したときに、坂田さんが
「一度穴をあけてしまったら、もう山は二度と元には戻らない。でも、
それでも、自然は私たちが考えているよりも、強いかもしれない。
すごく時間はかかるかもしれないけど、地球の治癒力はすごいから。
だから、私たちができることは、これ以上、自然の邪魔をしないこと」
と、言っていた。
すごく時間かかる・・・って、私たちが生きてる間には、絶対に癒えないよ?
それは、何百年とか何千年とか、そういう時間。
その間に、人間の寿命どうこうじゃなくて、
人類そのものが、淘汰されていく気がしてならない。地球が癒えるために。
経済や、技術はいらない!なんて言わない。今までも、これからも、必要だと思う。
今の日本という国を作ってきた、先輩たちには、それが一番大事な、
そういう価値観で、時代だったんだと思う。
今の私たちがあるのも、そうした歴史があったからだ。
だけど、それを追い求めた結果、行き着いたところが3・11 。
原発事故で、人間は、植物や、動物や、海や、空気、地球に
ものすごい迷惑をかけてしまった。
その上、また、自然や地球に迷惑をかけてまで、
生きるために、大事なものを手放してまで、
時速500キロが必要か?ということは、考えなくてはいけないと思う。・・・必要ですか?
「黙ってても、時間がたてば、世代交代するときは必ず来る」と、言った人がいた。
今、国を動かしている世代から、私たちの世代へ。
それから、若者や子ども達の世代へ。
誰かを変えようとか、社会を変えようとか、そんな大それたことは思わない。
私が変えられるのは、自分だけ。
小さいことだけど、やろうと思えば、やれることはたくさんある。
知ること、考えること、選ぶこと。
これまでは、無関心で、誰かに任せていたけれど、
これからの私たちの世代には、それが、求められているんじゃないかしら。
私は私のできることを。
書いてることは、重いようでも(笑)わくわくしながら、やってます。
私ができる、ひとしずく。